音楽の流れをかえたのがビートルズなら、イラストの流れをかえたのはプッシュピン・スタジオ。1950年代にシーモア・クワスト、ミルトン・グレイザーらクーパー・ユニオン、スクール・オブ・アートの学生達が設立したデザイン会社は、瞬く間に世界にその名を轟かせた。
切っ掛けは1500人のアードディレクターに送った『プッシュピン・アルマナック』というミニ・グラフィック誌。その斬新な2色の色使いと、のちのヘタウマをおもわせる新しい感覚のイラスト、そして風変わりなタイポグラフィは、世界中にプッシュピン現象を巻き起こした。
60〜70年代は、激しい変革の風が世界的なひろがりで駆けまわり、社会や政治の枠をこえて戦後体制、近代と言う概念、既成の文化などが激しく問われた時代だった。反戦運動、大学闘争に始まったその激風は、アンダーグランド、ドラッグ、サイケデリック、ポップ・アートなど、カウンターカルチャーの表現へと結びついていった。

アンディー・ウォーホルやロイ・リキテンシュタインに代表されるポップアーティスト達はアメリカの高度消費社会の夢を批判対象として描いたが、プッシュピンが発信したグラフィックスは、大衆の日常生活の視線でアメリカを捉えようとした表現であった、というこことができるであろう。そしてそれはモダン・デザインを批判的に再構成する表現であり、またドローイングのもつ本来的な活力をグラフィックデザインにとりもどし再生する表現でもあった。
50年代、60年代にアメリカのみならず世界のデザイナーたちに多大な影響をあたえた『プッシュピン・スタイル』。日本にアメリカン・ドリーム、アメリカの匂いを教えてくれたプッシュピンの歴史は20年続いた季刊誌『プッシュピン・グラフィック』によって創られた。その大胆でユーモラスなデザインスタイルは時代をこえて今蘇る。
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